私のキャリア・ストーリー(小学校〜高校編)

ブログを始めたばかりなので、まずは自分の紹介も兼ねて、これまでの私のキャリアに対する考え方を振り返っていきたいと思います。
とはいえ、小学校〜高校くらいまでは「将来はこんなキャリアを築きたい!」というよりは「将来はこんな職業に就きたい!」ということしか考えてなかったように思います。世界が狭かったのでロールモデルとなる人も全然いなかったしな…。

さて、まずは小学校時代。

私の職業に関する一番古い記憶は、小学校高学年の図工の授業で、「将来なりたい職業の絵を描く」という課題が出たときのことです。
今思うと、「小学校のときからキャリアを考えさせる授業があったんだなぁ」としみじみ感じますが、当時はそんな教師たちの思いには一切気づかず笑、何を描こうか悩みまくるわけでもなく、即決で描いたのは確か「美容師」でした。

また同じ頃、「テレビ局のADさん」にも興味がありました。
今となっては全然テレビを見ないのですが笑、当時はかなりテレビっ子で、「テレビ番組みたいにおもしろいものを作りたいなぁ」「専門的な仕事でかっこいいなぁ」と素朴に思っていました。
なぜディレクターとかプロデューサーじゃなくてADだったかといえば、私の知る範囲ではテレビに関する職業がADしかなかったからです。テレビ番組でも、特に生放送だとADさんはよく画面に映りますし、知らず知らずのうちに「テレビ番組を作るお仕事=ADさん」となっていったのだと思います。

今考えてみると、自分の知り合いで美容師をしている人もADをしている人もいなかったので、この2つは自分の純粋な興味から選んだ職業でした。
当時は「見た目が美しい・おもしろいもの」「スタイルをもったもの」に関心があり、それに携わる仕事がしたかったのだと思います。

しかし、その後成長するにつれ、美容師もADも「体力勝負」で「賃金がそれほど高くなさそう」と考えるようになりました。そして「体力勝負」も「それほど高くない賃金」も、自分の進みたい道とは違っていました。

まず「体力勝負」についてですが、小学校のときはごくごく普通でクラスの真ん中くらいだった成績が、中学・高校と徐々に良くなり始め、次第に「自分は体を使うより、座って頭を使う仕事のほうが向いている」と感じるようになっっていったためです。
またこの頃から、私は「給料が少なくても、やりがいがあればいい!」という熱いタイプではなく、「平均以上の給料を稼いで、困らない生活がしたい」という現実的なタイプでした(景気も悪かったしね…)。なので具体的に賃金を調べたわけではなかったと思いますが、なんとなく「普通の会社員よりは給料が少ない」と推測して、「美容師」と「AD」は自然と将来の夢から外れていったようです。

ただし「見た目が美しい・おもしろいもの」「スタイルをもったもの」が好きな気持ちは変わりませんでした。中学校・高校時代は絵を描くのが好きで授業中もずっと描いていましたが、うまくないという自覚があったので、将来の仕事として自分で絵を描くという選択肢は考えませんでした。

そんな絵が下手な当時の私が逆に得意だったのは、「英語」と「コンピュータ操作」の2つでした。一見この2つには共通点がなさそうですが、どちらも「好きだからやりまくって得意になった」という点が共通していました。
ただ英語は好きだったのですが、「英語=ツール」であり「高校までで習う英語で、もう十分世の中で使える知識は身についた」と感じたため、英語の道をそれ以上極めようとは思いませんでした。
一方、コンピュータでwebサイトを作ったり、動画を編集したりして自己表現することが好きでしたが、コンピュータの世界はまだまだ奥が深そうだし、職業的にも需要がありそうな分野だったため、

「将来はプログラミングの専門知識を身につけて、エンジニアとして仕事がしたい」

と思うようになり、これが今私が就いている職業の選択のベースになりました。

そして高校半ばで「プログラミングを勉強して、エンジニアになろう」と決めた後は、特に迷うこともなく、大学では理工学部に進学してプログラミングの勉強を開始したのでした。(続く)

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